「マスクドライアイ」可視化実験動画~マスクによる角膜への影響について眼科医が解説~
現代は角膜が傷つきやすい時代
1.人類史における目を取り巻く環境変化
課題はピント調整から目そのものの傷へ
文明の進化でヒトを取り巻く環境が変わってくると、目はその変化の影響を大きく受けてきました。紙の印刷物が普及すると、近くの物を見る機会が増え、「近視」が登場します。20世紀に入ると、テレビやゲーム機の普及により、近視は拡大しました。いまや近視人口は世界で25億人とも言われています。
近視はピント調節ができず、遠くが見えにくくなる点が問題ですが、パソコンの普及により目へのダメージも質が変わりました。IT眼症やドライアイの増加です。ドライアイは眼の表面を守る涙の層のトラブルですが、IT眼症はIT機器を長時間使用することで引き起こされる諸症状で、眼精疲労などの目の症状のほか、頭痛や肩こり、腕や背中の痛みなどの全身症状、不安感やイライラのような精神症状もあります。
さらに、20世紀後半にはコンタクトレンズが普及し、物理的な刺激も加わるようになりました。
目の機能の問題から、目そのものが傷つくという問題へ、目を取り巻く環境はよりシビアなものになってきています。

2.目そのものに傷がつく時代
角膜の構造と役割
角膜は目の表面にある膜です。直径1.2㎝、厚さ0.5㎜しかない非常に小さな組織ですが、レンズとしての重要な役割をもっています。
ものが見える時は、まず見えたものの情報、つまり外から入ってきた光が角膜を通じて目の中へと導かれ、同じくレンズの役目を持つ水晶体を通って、網膜の上に光が集まり像を結びます。
このような仕組みを機能させるため、角膜には「透明である」という特徴があります。血管は通っておらず、皮膚のように死んだ細胞が表面を覆って内部を保護していることもありません。涙の層で覆われてはいますが、生きた細胞が外部に対してむき出しになっており、非常に傷つきやすい状態です。
角膜の最も外側の部分は角膜上皮と呼ばれます。角膜上皮は5層からなる0.05mmの組織ですが、外部からの刺激を受けやすく、細胞が剥がれてしまうこともあります。その代わり、高い自己修復機能を持っており、剥がれた部分もすぐに新しい細胞で覆われます。



涙の構造と瞬きの役割


目の表面は常に涙で覆われています。涙には目を潤すほか、栄養を届けたり、細菌の侵入を防いだり、異物を排除したりする機能があります。また、涙が目の表面を覆って均一な層にしてくれることで、レンズとなる角膜が正確に像をとらえられるようになります。
このように目にとって大切な涙ですが、なぜこぼれおちることも乾くこともなく目の表面にとどまっているのでしょうか。秘密は、涙の層の構造にあります。涙は下図のように3層構造をしてい
ます。最も外側は油の層で覆われ、涙の蒸発を防いでいます。この油分はまぶたの裏側にあるマイボーム腺というところから分泌され、瞬きによって目全体に行き渡ります。一方、角膜に近い内側の層では、ムチンというネバネバした分泌物が涙を目の表面につなぎとめています。
この涙の層を瞬時につくるのが瞬きです。瞬きをすると、目に必要な成分を含んだ涙が目の表面全体に行き渡り、汚れた涙は涙点という目頭にある涙の排出口へ運ばれていきます。瞬きは涙の仕組みをうまく機能させるために欠かせないものなのです。
※注
最新の研究では、水層にもムチンがあることが分かっています。涙の水層を定着させる働きについては、解釈は変わっていないため、3層として説明しています。
PCやスマホによる角膜の乾燥と損傷

近年、ドライアイに悩む人が増加しています。2003年に行われた日本眼科医会の調査によると、ドライアイの患者数は約2,200万人。ドライアイの疑いがあり、治療をしていない人も含めると、さらに多いものと推測されます。ドライアイ研究会がオフィスワーカーを対象に行った「Osaka Study(2011年)」によると、男性の60.1%、女性の76.5%がドライアイ確定もしくはドライアイの疑いがありました。
ドライアイになるリスク要因はさまざまです。特に、中高年の女性やコンタクトレンズ装用者はドライアイになりやすいとされていますが、眼を酷使するパソコン作業(Visual Display Terminals作業)や乾燥などもドライアイと関係があります。
VDT作業中は瞬きが通常時の4分の1程度まで減るため涙が蒸発しやすく、長時間の作業では涙の分泌自体が減るとも言われています。
目の健康を脅かす現代の生活環境
目を乾燥させるディスプレイが使われている機器が身近に増えているだけではありません。ほかにも、乾燥を加速させる要因は生活の至るところにひそんでいます。たとえば、エアコンによる空気の乾燥、コンタクトレンズの使用などです。複数の要因が組み合わさっていることも多く、「エアコンの効いた室内で、コンタクトレンズをつけてPC作業をする」といったシーンは現代の都市生活ではよく見られる光景でしょう。このような環境下で、乾ききった角膜は非常に傷つきやすい状態になっています。
一方で、大気中には花粉やPM2.5、黄砂などの異物が舞っています。乾いた目は涙で異物を排除できず、容易に傷ついてしまう状況です。
また、コンタクトレンズも目を傷つける可能性があります。目の表面を覆ってしまうため、酸素が行き届きにくくなったり、菌が繁殖しやすくなったりするためです。また、つけ外しの際に爪で傷つけてしまうといった事例もあります。
現代は生活スタイル、生活環境ともに、角膜が傷つきやすい時代なのです。
環境変化に伴う角膜の危機
目をとりまく環境悪化の影響を受けやすいのが、目の最も表面にある角膜です。角膜上皮には自己修復機能があるので、本来ならば少々ダメージを受けても、時間とともに回復していきます。ところが、現代は目そのものを傷つける要因が多く、修復が間に合わないほど傷ついてしまいまかねません。ドライアイなどで角膜を守る涙のバリア機能が損なわれると、角膜の受けるダメージはより大きくなります。


次章で詳しく紹介しますが、角膜が荒れたままにしておくと危険です。角膜は外部からの攻撃に弱い内側の部分を守っているため、眼の奥深くまで傷つきやすくなり、深刻な視覚障害につながる恐れがあります。
角膜上皮の持つ自己修復機能の仕組み
角膜上皮は新陳代謝が非常に活発です。古い細胞が新しい細胞に生まれ変わるターンオーバーのサイクルは皮膚などよりもずっと短く、ほんの数日ですべての細胞が入れ替わります。古い細胞がはがれ落ちて、涙と一緒に流れたり、目ヤニとなって外に出されます。
常に新しい角膜上皮細胞が生み出されるようにするためには、細胞のもとになる幹細胞の存在が重要になります。角膜はいわゆる黒目の部分ですが、角膜上皮幹細胞はその淵の角膜輪部にしかありません。そこで、角膜上皮幹細胞は輪部から中心に向かって伸展・移動していきます。これと同時に、角膜上では細胞分裂も起こっています。深部にある基底細胞が分裂し、翼細胞、表層細胞へと分化していきます。
角膜のターンオーバーが正常な状態は、XYZ理論として説明されます。2つの動き―輪部からの伸展・移動(Y方向)と角膜上皮細胞の細胞分裂・増殖・分化(X方向)―と古い細胞の脱落(Z方向)のバランスがとれていると、最適なバランスが保たれるというものです。
角膜上皮細胞が剥がれて傷ができた場合には、これとは異なるプロセスで傷が修復されていきます。まず傷を受けた部分の近くにある細胞が増殖して、斜め、横、下の方向から傷を埋めていきます。急いで修復しないと、バリアが破綻し、細菌に感染する恐れがあるからです。そうして傷が埋まったところで、ターンオーバーによる再生が追いつき、傷のないなめらかな表面が形成されていくと考えられます。




角膜ターンオーバー力向上の重要性
角膜にとって避けられないリスク要因のひとつに加齢があります。年齢とともにターンオーバーの力が衰え、もともと備わっていた自己修復機能も低下していくのです。また、涙の質・量も年齢とともに低下していくことがわかっています。つまり、涙によるバリアが弱まるということです。
角膜が傷ついているということはレンズが傷ついているということ。その状態でものを見ようとしても見えづらく、目も疲れてきます。中高年になると、86%の人が目の疲れを感じているという調査もあります。角膜はもともと繊細で、少しでも傷つくと痛みを感じるようにできていますが、年を重ねると痛覚も鈍くなってきます。異変に気づいた時には症状が進んでおり、治療が手遅れになるということも珍しくないのです。
平均寿命は延び続け、人生100年時代を迎えつつあります。昔なら引退していた年齢でも働き続けなければなりません。長生きが幸せなのも、健康であればこそ。目が見えづらくては、仕事にも支障をきたし生産性も下がり、生活の質も下がります。
年齢を重ねることは避けられませんが、ターンオーバー力を高めることは可能です。目の健康にも気を遣うことは今後ますます重要になってくるでしょう。


